2008.07.31

愛する喜び、愛される喜び



つい最近、街の花火大会がありました。


7色の色とりどりの綺麗な花が、夜空に一瞬咲き乱れました。


離婚して一人になってからの花火大会は、私にとって
とても淋しい夜でした。

花火大会の夜は、大勢の家族連れ、カップル、友達同士などが
普段は静かな街に、どこから湧いてきたのだろうかと思うほどの
人の波で賑わいます。

一人で歩いている人は、ほとんど目にしません。

こうした人ごみの中にいると、一人というのが
無性に淋しくなったものです。

再婚する気には全くなれなかったのですが、
大勢の人が楽しむときは、一人が無性に淋しくなることが
ありました。

なので、花火大会の夜は、
家の中で一人で過ごすことが多かったです。

また、茶の間から打ち上げられた花火が見えるのです。




再婚してから、残念ながら家族でそろって見るということが出来ずに
おります。

妻は、働いている食堂がかきいれどきなので、
夜もお店に出ます。
娘は、花火に興味はなく、インターネットに夢中になっています。

家族ができたいま、一人ではありませんが、
以前とは違った淋しさを感じるのです。


私、思うのです。

淋しさって、家族がいても
互いに心が通っていないときは、淋しいんだって。

互いの温かい心を感じあえるときは、
たとえ離れていても淋しくはないのでは、と。


夫婦の間で、相手を想う心、相手からの想いを受け止める心
のキャッチボールがうまくできないと、心が満たされないと思います。

愛する喜び、愛される喜び
このキャッチボールが上手にできないときは、
私の心に余裕がなくなっているときが多いです。















2008.07.30

感動した寄稿



今日は、新聞の「新婚時代」という投稿欄に、
とても感動的な寄稿が寄せられていたので、原文のままご紹介を
します。



貧しい中にも楽しみと愛情

愛知・稲沢市 
大久保広子(66歳)


彼と出会ったのは1960年1月。

4月、彼は大学2部に入学。
11月に結婚しました。


25歳の夫の月給は7000円。
4畳半一間の家賃は3000円。
両親には頼れず、ゼロからのスタートでした。
りんご箱を重ねて本や食器を並べました。


私が働きに出るというと、「かい性なしと世間に笑われる」と
夫が反対するので、内職しました。
夕刻、夫が仕事から帰ると、連日納豆ばかりの食事。
その後、夫は大学へ。


休日や授業のない日は、一緒に銭湯に行ったり、商店街の家具店や
家電店を見たりしました。
そして、毎月、月給が入ると、映画に誘ってくれました。


夫は小学校教諭になり、2男1女を育てました。
宴会から帰ると、ポケットからおまんじゅうを出して半分こ。
「食べてくればいいのに」というと、
「一緒に食べたいから」と。


その夫は13年前、60歳でがんで亡くなりました。
とてもいい夫でした。

深謝



以上です。


貧しさの中に、慎ましやかな生活と
愛情に満ち溢れたご夫婦の姿が、目に浮かび
とても心が温かくなりました。


いま、私のところは経済的に厳しい状況にあります。

でも、私は、心は豊かでありたいと思っているのです。



そして、いつか私たち夫婦の夢であるハワイ旅行に行ける日が
来ると信じています。








2008.07.29

二本の就職講演



前回の記事から、四日ぶりです。


実は、今日昼に高校での90分と夜に30分と、
二つの講演がありました。


そのための準備に集中するために、パソコンを開くのを休みました。


高校では、就職希望の生徒対象にお話をさせていただきました。

会社選びのポイント、求人票の見方のポイント、
履歴書を書くときの注意事項や志望動機の書き方、
面接で大切なこと、第一印象を良くすることが大事であることなどを
お話しました。

今回は、直近に講演依頼を受たもので、
いつものように原稿を準備する時間が取れなかったのです。
それで、初めてぶっつけ本番という経験をしました。



それから、夜は、ある高校のPATの会合で、
保護者が対象のお話でした。

ここでは、せっかく就職できたのに、
短期間で辞めてしまう子供たちが多くいること。
いわゆる早期離職が高卒の場合5割にもなる。
やめた子供を待っているのは、パート・アルバイトや派遣社員
などのフリーター。

フリーターになった場合、収入が安定せず苦しい生活を余儀なくされる。
フリーターから、正社員として再就職することが困難なこと。
その結果、結婚が出来なかったり子供も持てないという現実があること。

高校にいる間が、正社員として就職できる最大のチャンスであること。
このチャンスを活かす為に、子供の就職に真剣に向き合って欲しいと
いったことをお話しました。


この3日間は、二本の講演の準備に集中したところでした。



いま終わって、ほっとしたところです。


今日は、簡単ですがここまでとし、心身を休ませようと思います。




また、明日から書いていきます。





2008.07.25

みんなのおかげ



私は、中国人の妻とのことを書き綴っていこうと思って
始めたのがこのブログでした。


2月からスタートしたのですが、正直、三日坊主の私が
ここまで続くとは思っていませんでした。

それと、驚きなのは
よくこれだけ書くことがあったものだということです。

今日は、何を書こうかと悩む日もありましたが、
そうした日は少なかったです。

このブログをはじめてから、
毎日の生活の中に少しでも感動できることはないかと
意識するようになりました。

嬉しいと思ったこと、心が癒されたことなどを
できるだけブログで紹介したいと思ってきました。


このブログを読んでくれた人に、少しでも安らぎや
癒し、温かいものなどを感じてもらえたらと思っています。


このようにして、これまで書いてきました。

これまで続けてこられた大きな力となっているのは、
コメントを書き込んでくれる方がいてくれることです。


いつも温かく、ぬくもりのあるコメントに、
ずいぶんと励まされてきました。


私が、書きつづけられるのは
私の家族のおかげであったり、このブログを読んで下る方であったり
コメントを寄せてくれる肩であったりと、
たくさんの人の支えによるものと、感謝しています。


仕事などで忙しくなってくると、
パソコンに向き合う時間が取れなくなることがあります。

でも、続けられるところまで、頑張ります。




2008.07.24

またしても地震



24日午前0:23頃、私たちの地域を震度5強の地震が襲いました。


外は、雷が遠くの方でなっていました。

その雷が、だんだん近づいてきて
近くでゴロゴロとけたたましく雷鳴をとどろかせ、
雨が急に強くなったその瞬間でした。


まるでこの雷雨に合わせたかのように、地震がきたのです。



私たちは、ベットに入って寝ようとしていたときです。

はじめは小さな揺れでしたが、まもなく激しい揺れが襲ってきました。


ベッド脇の書棚が倒れるのではないかと思いながらも、
私は、比較的冷静でした。

揺れが落ち着いてから、他の部屋にいって見たら
棚の上の小物が落ちていたり、テレビがずれていたりしました。



この間の岩手・宮城内陸地震から1ヶ月あまり、
ここのところ、大きな地震が相次いでいます。


我家は、今回の地震による被害はなかったから良かったですが、
地震は、避けようのないところが怖いですね。


あらためて、一日を無事で過ごせることに感謝です。



タグ: 地震
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