2008.10.18

わたし悪くない



けさ、妻からこのようなことを言われました。

「わたしは、悪くないよ」

ことの仔細は、こうです。


昼の仕事場でのこと。

よく来るお年寄りのお客様が、
「早くビールをもってこい」と
叫んでいたそうです。

それで、ママさんは、
オーダーをとった妻に、
「どうしてビールを持っていかないの」といわれて、
ビールを持っていくように即されたというのです。

妻は、「あのお客さんは、ビールを注文していない。」
「注文を受けていないのに、ビールもっていったらおかしいでしょう」
「どうして、ママさんに持っていかないのって責められるの」
「どうして、わたし悪いよ」

「あのお客さん、ビール飲むときと飲まないときある。」
「わたし、悪くないよ。すごく気持ち悪いの。」


わたしは、

「あなたは、悪くないね。」

「でも、お店によく来るお客さんなんだろう。
そして、ビールを飲むとき、飲まないときがあるんだろう。
そういうお客さんには、注文をとるときに、
今日は、お飲み物はどうなさいますか?
って、聞いたらいいよ。」

「これからは、そうしたらいいよ。」


「気持ちが悪い」といっているだけでは、
そこから何も学ばないでしまいます。

わたしは、妻にそういいながら、
自分自身への戒めにもしました。





2008.10.15

女子高生の一言



東京からの帰りの出来事その2

一関から帰るバスのなかでのこと。

夕方でしたので、一ノ関駅を出発するときに
かなりの高校生が乗車しました。

途中千厩というところで、多くの高校生の乗り降りがありました。

もう少しで陸前高田市に入ろうとする地点の停留所で、
一人の女子高生が、

「ありがとうございました」

といってバスを降りていったのです。

一関からここまでくるあいだに、多くのお客様が
下車していきました。
しかし、誰一人として、
「ありがとうございました」
という人はいませんでした。

それだけに、この女子高生の
「ありがとうございました」
というのは、私にはとても新鮮で
心が温まる出来事だったのです。

お金を払って乗っているのだから、
「ありがとうございました」というのは、
むしろバスの運転手ではないのか、
と思われる方もいるかもしれません。

人それぞれの考え方ですので、
どちらがよくて、どちらが悪いというものではありません。

ただ、わたしは、その女子高生の言葉に
心が温まって、嬉しかったのです。

そういう嬉しい思いにしてくれた女子高生に
感謝です。

私にとって今回の東京研修は、
心に残るものとなりました。

感謝です。

みなさんが、幸せでありますように。





2008.10.14

山口県からのお客様



先日東京でのフォーラムの帰りのこと。

新幹線を一関で降りて、そこからはバスで私の町まで帰ってきました。
そのバスのなかでのことです。

私の後ろの座席に、ご婦人がお二人座られました。
そのお二人のお話が、耳に入ってきたのです。

お二人は、たまたま同じ席になったという感じでした。
お一人は、名古屋からきたという方、
もうお一人は、山口県からきたという方でした。

山口県から来たという方は、
朝に家を出て、目的の場所まで13時間かかる。
中でも、一関から私の町まで列車で4時間かかる。
なんと遠いのだろう。
バスでも3時間近くかかる。

山口県だったら、2時間も走ったら他県に出てしまう。
岩手はなんと広いのだろう。

なぜ山口県から、私たちの町へ来たかといえば、
息子の嫁さんが、お産でこちらの県立病院に入院している。
その嫁のところに行くためとのことでした。

そのお嫁さんは、私どもの町の出身なのだろうかと思って
聞いていると、私どもの町から北へ1時間20分くらかかる
大槌の出身だという。

大槌に近い町は、かつて製鉄所発祥の地・釜石市なんです。
ところが、この釜石市の県立病院には常勤の婦人科医が
いないのだそうです。

そこで、1時間20分もかけて、
私たちの町の県立病院にきているという事情でした。

私は、釜石市の県立病院に常勤の産科医がいないことを
はじめて知りました。

この方は、いったんホテルに荷物を置いてから病院に行かれると
いうことでしたから、宿泊先のホテルまでご案内をいたしました。


長いバスの道中も、おかげさまで楽しく過ごすことができました。

一期一会の出会いでした。





タグ:山口県
2008.10.13

人の情け



今回は、人の情けについてお話します。

わずかな収入しかなく、わたしは、
缶ジュース一本買うお金もなかったときです。

妻は、働いている食堂で昼食をとってきます。
娘は、学校で給食を食べてきます。

しかし、わたしは、お昼を食べるお金がなかったのです。

そのため、
職場では「ダイエットのために昼食をとらないことにした」のだ
ということにしていました。

このときの上司は、月曜になるとたくさんのパンを
抱えきれないほど持ってきてくれました。
はねものといわれる規格はずれのパンを、
工場の売店で格安に売っているんだそうです。

上司の自宅は盛岡でした。
週末に帰り、月曜の朝に職場に出る、そんな生活をされていました。
盛岡に帰ったときに、給料の少ないわれわれスタッフのためにと
そのパンを大量に買ってきてくれていたのものなのです。

特にもわたしには、娘さんに食べさせなさいといって、
皆さんよりも多めにいただいていました。

本当にありがたかったです。
このパンを、昼食時間に弁当代わりにいただいたものです。

また、あるときにはスタッフの一人の方が、
息子の弁当のおかずを余分に作ってしまったので、
よかったらこの弁当を食べていただけませんかといってくれました。


わたしは、そのお弁当を昼時間をずらして一人でいただきました。

人の情けが心に沁みて、涙を流しながらいただきました。


わたしは、経済的には大変だけれども、
こうして、人の情けを受けられる。
だから、とてもしあわせ者だと思いました。


わたしは、いろいろな人に支えられて生きているんだ。
決して一人で生きているのではないんだと、心から思います。


いまをこうしていられることに、感謝します。

みなさんが、幸せでありますように。










タグ:情け 上司
2008.10.11

人の縁の不思議



このごろ、人の縁の不思議を思います。

おかげさまで、妻は夜、あらたに居酒屋で働いています。

ここにお世話になることになったきっかけは、
職安から届いたアルバイト求人です。

この居酒屋の店主は、わたしの知っている方です。


いまから30年以上も前に、この店主にお会いしていました。

集金にお邪魔していた寿司屋さんで働いていました。
その後、しばらくお会いすることがなかったのですが、
友達を介して、居酒屋で働いている店主にお会いしました。

それからまたしばらくして、
今度は自分のお店を持ったと聞いていたのです。
でも、わたしは一度も行ったことがなかったのです。

そして、いま妻がそこで、
働かせていただいています。

この方に、このようにしてお世話になるとは、
まったく想像もしたことがありませんでした。

また、いま昼に働いているところにしてもそうです。
こちらのマスターのことは、以前から知っていました。
知っていたというだけで、
特に親しくしていたわけでもなかったのです。


こうしたことを振返っていま思うことは、
人は、いつ、どこで、誰に、どのような世話になるのか
わからないということです。

だから、人との縁は大切にしなくてはならなのだと
思うのです。

そして、いまこうして自分が生きていられるのは、
たくさんの人の支えがあってのことだとも、あらためて思うのです。

感謝です。





タグ:店主 居酒屋
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