2011.06.08

妻を中国に帰す直前のドラマ



妻は、3月2日に日本に戻り
3月20日に中国へ帰りました。

再入国の期限が迫っていたことから
期限の更新手続きをするために帰ってきたのです。

そのため、今回は初めから2,3週間の滞在の予定だったのです。
飛行機のチケットもそれに合わせて取ってきました。


この滞在中に11日の大津波にあってしまいました。

私は、この津波によって妻を期限内に中国へ帰せるだろうかと
内心不安が大きくなっていました。

津波によって交通網が寸断され、
新潟空港までどうやって送れるだろうか。
手元に現金はあまりなく、
あてにしていた給料も津波によって支払いがストップしていたのです。

固定電話はもちろんのこと携帯電話もつかえない。
停電でテレビも見れないといったことから外からの情報が途絶えていました。

17日になって携帯電話が少しはつながるようになりました。

17日の夕方、妻が東京の弟のところに電話をしました。
そのとき、中国の両親が福島の原発のこともあってとても心配をしている。
大勢の中国人が日本から帰ってきている。
いまなら中国大使館で飛行場まで無料のバスをだして、
優先的に飛行機に乗れるようにしている。
それなのになぜ帰らないのかといっているというのです。

しかし、そうした情報が私たちのところへはまったく入っていなかったのです。
(妻が帰った後になってわかったのですが、中国大使館となったバスが数台大船渡に
来ていたのだそうです。)

無料バスのことや優先的に飛行機に乗れるということをどこから
聞いたらいいのだろうと思いました。


私は、中国大使館に聞いたらいいのではといったものの
電話番号がわかりませんでした。
インターネットも使えず調べる方法がなかったのです。

そんなときに、このブログを通して知り合った「ハルピン家庭料理店」の
ブログオーナーのことが思い浮かび電話をしました。

オーナーの奥さんが領事館に電話をしてくれて、
領事館から妻のところに折り返し電話があるからということでした。

そして、領事館から電話がかかってきました。
担当の方がいうには、「明日の12時に盛岡駅西口に来てください。
そこからバスが出ますから。これが最後のバスになります」とのこと。

『明日!? 車で送りたくとも盛岡まで行くガソリンがない。
盛岡までのバスも走っていない。一体どうやって盛岡まで送り届けることができるだろうか』
と無理な事のように思えました。

でも、『大使館で出すバスは明日が最後というから
なんとしても盛岡へ行かせなくては・・・・どうすればいいんだ』と考えました。

実は、この日のお昼過ぎに
友人がガソリンを10ℓ持ってきてくれたのです。

車には10ℓのガソリンは入っている。

水沢に嫁いできている妻の友人に電話をしてみたはと妻にいいました。
電話をしたら、「明日娘を盛岡に連れて行くよ」ということだったので
それに一緒に乗せて欲しいとお願いをしました。

友人は、快く引き受けてくれました。

ただ、水沢まで送っていくにもガソリンが足りない。

「とても申し訳ないけれど、途中まで迎えに来てもらえませんか」
とさらなるお願いをしたところ、これも快諾してくれました。

こうして、急遽妻は中国へ帰ることになり
支度をして夜7時に家を出ました。

住田高校前で合流し、友人夫婦の車に乗り換えさせて
妻と別れました。


妻は、新潟について三日後の飛行機で中国に帰りました。

慌ただしい別れでした。
妻と別れて家に戻ってみると、
そこにはついさっきまで妻がいた痕跡が残っていました。


とても淋しかったです。
でも、無事に帰すことが出来てとても安堵しました。

弟に電話してから、わずか2時間あまりで中国に返れる手はずが出来のは
奇跡だと思っています。

でも、それはいろいろな人の助けがあったからこそ出来たのです。
本当に感謝です。



最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
みなさんが幸せでありますように。
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この記事へのコメント
奥様はまた中国へお帰りになられたそうで、さぞお寂しいこと
でしょう。

各国から特別に飛行機の帰国便が出ていることはニュースで
見ましたが、当初は色んな情報が錯綜していたし、何が何やら
といった感じでしたね。

今回の震災では私のインド人の彼も含め、外国人のほうが
ナーバスになっていたようで、彼の職場でもインド人社員は皆、
この難を逃れるべくインドへ一時帰国したそうです。
彼にも帰国を勧めたこともありましたが、結局私と共に日本に
残ることを選びました。

最近はようやく余震も収まりましたね。一時は余震で酔った
みたいに気分が悪くなった人も多かったようですが大丈夫
でしたか?
Posted by mimi at 2011.06.09 00:48
人間はいろんな人に支えられてお互いに助け合いながら
生きる動物で一人では絶対生きていけません。
一生忘れられないことでしょう。
今は寂しいかもしれないけど、
きっと近いうちに普通の生活に戻れる日が来ると思います。
もう少しの辛抱です!
Posted by shinwa嫁 at 2011.06.09 01:22
 つぶやきさん、奥様が無事、中国の娘さんのところに戻られて良かったです。
 そして、つぶやきさんの生活も徐々に、復興されているようで安心しました。
 震災後にニュースで、大船渡の水産会社に来ていた中国の研修生の方々が、中国大使館がチャーターした貸切バスで帰国の途に着いた映像が流れましたが、混乱した状況下では、情報が上手く行き届かなかったようです。
 また、映像では研修生の方々が、「社長さんと別れるのが辛い」等、日本語で話しておりましたが、中国語では「実際に津波を体験し、仲間が津波に流されて行方不明になって怖かった」と、悲痛な話をしており、妻も心を痛めておりました。
 
 つぶやきさんのお気持ち、お察しいたします。そして、つぶやきさんの生活が復興し、奥様と娘さんとの一日もの早い生活が実現される事を心より願っております。
 
 
Posted by harupinn at 2011.06.09 05:52
mimiさんへ

妻のご両親は、地震のこと福島原発のこと、
多くの在日の中国人が帰国してくる様子などを
テレビでみて妻や私のことを
とてもとても心配をしていたそうです。

妻のいない生活は淋しいです。

Posted by つぶやき at 2011.06.10 23:59
shinwa嫁さんへ

コメントが送れてしまい、申し訳ありませんでした。

今度のことでは、いろいろな場面で被災を逃れた私の方が、
助けていただくことがありました。
感謝の言葉が見つからないほど、
有難かったです。

人と人とのつながりを大事にしていきます。

Posted by つぶやき at 2011.06.11 20:38
harupinnさん、こんばんは。

盛岡から中国大使館の用意したバスには、
仕事着のままの研修生が大勢乗っていたそうです。

そこで交わされた会話については、
あえてここでは触れません。

ただ心が痛みます。

妻は、新潟についてから新潟に嫁いでいる従兄弟に大変助けられたそうです。

harupinnさんの奥さんに領事館に電話をしていただいたことで、
盛岡からのバスが出ることを知ることができました。
これがわからなければ、中国に帰すことができなかったでしょう。

本当にありがとうございました。


Posted by つぶやき at 2011.06.11 20:48
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