2012.11.11

ハルピン市方正県の農村風景

私は、妻に今回の中国訪問では農村に行って見たいと
リクエストしていました。

方正県は、田舎町といっても
人口約20万人もあります。

街には高層のビルもあり、地下街もあり、
たくさんの人たちが行き交っています。

妻は、街で暮らしています。

私は、にぎやかな街だけではなく
農村部の暮らしや風景も見たかったのです。


今回案内された農村の家の前には畑が、
後ろは見渡す限りの水田でした。
稲がたわわに実っていました。

ここでは、言葉よりも写真を見ていただきましょう。conv0340.jpg

農村に向かう途中の道です。
車の中から撮りました。

conv0323.jpg






家のように見えるものは、藁を積み上げたものです。
真ん中の木の左下にある箱のようなのは、トイレです。


conv0337.jpg




農家のたたずまいです。










今日は、ここまでとします。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
あなた様が幸せでありますように。
人気ブログランキングへ
















タグ:農家
2012.11.08

娘との再会

9月14日(金)
夕方、妻の住居に到着。

ようやく娘と1年半ぶりに会いました。
元気にしていました。

日本にいたときは、ほとんど引き込もり状態で
一日中パソコンでインターネットばかりしていたものでした。
時々ドライブに誘い出して、外の空気に触れる機会を作っていたものです。

その娘が、中国ではまるで水を得た魚のように
ほとんど毎日外へ出ていました。

そんな娘の様子に安堵しました。

さて、着いたその夜に妻の両親、姉夫婦、すぐ下の弟夫婦、一番下の弟等で
私の歓迎の食事会をしていただきました。

洗面所付の部屋で、大きな円卓のテーブルに
皿にもられた料理が次々と出てきました。

できるだけ食べるようにはしたのですが、
本場の中華料理はいぜんとしてなかなかなじめませんでした。
(みなさん、ゴメンナサイ)

見た目から想像する味や食感とかが、
実際に口にした時のそれと全然違うものが多かったのです。

ところで、3年前に訪問したときも同じように食事会をしていただきました。
家族の一員として歓迎していただけることが
とても嬉しいです。


食事会が終わると前の晩からほとんど眠っていなかったので、
部屋に帰ると疲れがどっときて、ベッドに入り込んでしましました。

妻のぬくもりに
一緒にいられる幸せを感じながら
眠りにつきました。



最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
あなた様が幸せでありますように。
人気ブログランキングへ




2012.11.04

ハルピンから方正県へ

ハルピンの空港には、妻と義兄の二人が迎えに来てくれていました。

新潟空港では少し暑いくらいだったものが、
ハルピンに着くと肌寒かったです。

空港の広い駐車場には、車がいっぱい止まっていて
義兄の車までは、結構歩きました。

空港から一路方正県をめざしました。conv0364.jpg
方正県までの高速道路は、片側2車線でどこまでもまっすぐでした。
また、高速道路をまたぐ橋の橋桁には、その地域をPRする広告が書かれているのをよく目にしました。

途中途中で道路の修復工事が行われていて、車線変更にる区間もありました。
車窓から見えるのは、一面のトウモロコシ畑。
いったいどこまでこの景色が続くのだろうと思いました。

驚いたのは、高速道路の路肩で木の実を売る人たちがいたことです。
日本では想像もできない光景でした。

義兄が車を止めて、その木の実を買いました。
見た目は、まるでミニサイズのリンゴという感でした。
でも、食べてみるとリンゴではありませんでした。
なんという実なのか。私にはわかりません。

やがて方正県に着き、妻と娘の暮らすマンションに着きました。conv0341.jpg


このビルは、妻の両親が暮らすマンションの前に建つ高層マンションです。
方正県には、このような高層マンションがいくつも建っており、建設中のものもたくさんありました。



最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
あなた様が幸せでありますように。
人気ブログランキングへ






タグ:方正県
2012.11.01

中国へ行くまでの不安

今回、一人で中国に行くためにいくつかの不安を抱えていました。
その不安を取り上げようと思います。


@飛行機のチケットを取ること

海外に行くためのチケットを自分で取ることもはじめてのことでした。
旅行会社にお願いをしてから一週間位何の連絡もありませんでした。

どうなったんだろう、チケットが取れるんだろうかと不安になったものです。
私の中では、すぐに取れるものなんだろうと勝手に思い込んでいたからです。

チケットを手にした後に旅行会社から「航空会社から、中国での連絡が取れる電話番号
を教えて欲しいといってきたので教えてください」と電話がかかってきました。

『えっ、どうして中国での連絡先が必要なんだろう?
いま日中関係が悪化してきているからだろうか?』
と思いながらも妻の電話番号を伝えました。


Aリコンファーム?

知人から、往復のチケットを取った場合、
向こうについたら帰りの飛行機の予約を改めてする必要がある。
航空会社は、座席数以上の予約を入れていることがる。
そのため、改めて予約をしないと目的の飛行機に乗れないことがある。
といわれました。

『えっ、お金を払って往復のチケットを取っているのに、
改めて予約が必要って、なんで?』

今回のために買った「一人歩きの会話集 D 中国語」という本の中に、
『出発時刻の72時間前までに、電話か航空会社の営業所で予約の再確認
(リコンフォーム)を行います。(ただし、必要のない航空会社もある
ので出発前に確認が必要)』とありました。

腑に落ちないのですが、そういうことがあるんだと
初めて知りました。

で、妻に確認したところ、
『そんなことをしたことがない』というので
私が搭乗する飛行機ではその必要はないんだと安堵しました。


B機内で配られる入国カードの記載

入国カードの記載項目の中で不安になったのは、
【中国での住所】、【入国理由】の二つでした。

前回は、住所を「HARUBIN」と書いて、理由を「観光」に○をしたように思います。
でも、日中関係が思わしくないいまそれでいいのだろうか?
私が行くのは、妻に会いに行くことで観光目的ではない。

この不安は、新潟空港に行くまで解消されませんでした。

結果は、住所は、妻の住所を書く。これは漢字で書いてもいい。
理由は、友人・親族訪問を選択する。
でした。

入国審査を無事に通りました。


C日中関係の悪化

中国各地で起きはじめていた半日デモによる不安でした。
デモが激しさを増してきているという報道。
行動に注意するように喚起する情報が領事館から出されていたりで不安でした。


@〜Bまでは、ハルピンの空港に着くまでには解消されました。


空港で妻に会えたときは、すごくホットしました。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
あなた様が幸せでありますように。
人気ブログランキングへ





2012.10.30

ハルピンの空港に着くまで

私は、中国に行くのが3回目なのですが
一人で行くというのは初めてだったので不安でした。

早めにチケットを手配しようと思い、パスポートを見たら
有効期限が今年の9月2日になっていたのです。
自分では、来年まであると思い込んでいたので、
あわてて市役所に行って更新手続きをしました。
新しいパスポートが手元に届くには、最短でも一週間はかかるとのことでした。

パスポートが届いたのが、出発日の20日くらい前でした。
届いたばかりのパスポートを持って、
近くの旅行会社に行き飛行機のチケットの手配をお願いしました。

新潟空港、ハルピン往復で、総額49,880円。
新潟空港で同じ飛行機でハルピンに行くという日本人の方とお話ししたのですが、
その方は往復70,000円だったそうです。
チケットを取ったのが、出発日直前だったとのこと。

飛行機のチケットは、できるだけ早めに手配することで安く手にできると知りました。


ところで、新潟空港までは、大船渡から仙台まで高速バスで。
仙台からは、夜中の11時40分発の新潟行きの高速バスで車中泊。
早朝の新潟駅からリムジンバスで新潟空港へとバスを乗り継いで行きました。

空港で緊張したのは、搭乗手続きで荷物検査のときでした。
妻からあれ欲しい、これ欲しいといわれて買い込んでスーツケースに
詰め込んだはいいものの、スムーズに検査を通れるかどうかドキドキしました。

別に悪いものを入れているわけではないのですが、
緊張した瞬間でした。


今回新潟空からハルピンに向かう飛行機でこれまでと違ったことは、
機内で日本語のアナウンスがあったことです。
過去2回ではなかった経験です。
帰りの飛行機では、日本語のアナウンスはありませんでした。

それと、ハルピンの空港に着くと飛行機から空港の建物まで
バスに乗り換えたことも初めての経験でした。
空港内に入ってからの入国手続きが以前よりスムーズになったように思いました。
スーツケースを受け取るところでは、麻薬捜査犬が一つ一つのスーツケースを嗅ぐんです。
ここでも変に緊張しました。

スーツケースを取って国際線出口を出ると、
すぐ、妻が目に入ってきました。


約一年ぶりの再会でした。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
あなた様が幸せでありますように。
人気ブログランキングへ


2012.10.28

中国へ行ってきました



訪問くださっている皆さん、お元気ですか。
ずいぶんご無沙汰をしてしまいました。

このブログのことが気になりながらも気持ちが向かわず、
更新できずにおりました。

今日、特に何があったわけでもないのですが、
また、こうしてこのブログに向き合い始めています。

このブログから遠ざかっている間にいつの間にか
SEESAAブログの様式がすっかり変わってしまって、
記事を書くにはどうすばいいんだろうと戸惑いながらの再スタートです。


私は、今も一人生活が続いております。
でも、先月(9月)の14日から21日の一週間、夏期休暇と土、日、祭日を利用して
中国の妻のところへ行って来ました。

尖閣の問題で中国では、半日デモが激しさを増していた時期でしたので、
不安で行くことをためらっておりました。
それでも、わたしにとってこの時期を逃すと、
次に行ける機会がいつになるかわからなかったので
思い切って行ったのです。

妻が暮らしている方正県(ハルピン市から高速道路を2時間ほど走ったところ)は、
平穏で楽しい時間を過ごす事ができました。

これから、このときのことを少しずつ
書いていこうと思います。

今夜のところは、まずは近況をお伝えして
ここまでにします。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
あなた様が幸せでありますように。
人気ブログランキングへ


タグ:中国 尖閣
2011.01.21

中国にまた行きたい



妻と娘が中国にいる間に、
もう一度中国に行けたらいいなと思います。


昨年8月、妻の里に滞在した8日間という時間が
とても揺るかに感じたのです。


それは、日々の仕事での慌ただしい日常から
開放されたからだけではなく、
現地の人々の生活がおおらかに感じたからかもしれません。


それと、妻を取り巻く人々の輪が
心地良かったこともあったと思います。




かつて中国というと、多くの人たちが自転車に乗って走っている
映像をよく目にしたものです。


だから、中国というと「自転車」とすぐに連想してしまうほどでした。


しかし、私が目にしたく光景のなかには、
自転車は見えませんでした。



にぎやかな朝市の風景、
パソコンのマウスに似た形をしたタクシーや、
三輪車の車、オートバイの荷台にリヤカーをつないで走っていたり、
黒塗りの高級車が何台も走っていたりする街の様子。



おそらく、ここ数年の間に
大きな変化があったのではないでしょうか。


テレビや何かのメディアを通して目にし、耳にすることと、
生の現場に立って見回すのとでは、感じるものがひどく違います。



いまは、出来ることなら、
その現場に直に行ってみたい。


自分の目で、耳で、肌で、体全体で感じたいと思います。



これまで妻には、里帰りするときに再三一緒に行きましょうと誘われていたのに、
行きたいと思わず断っていたのに。



今回は、妻の甥の結婚式のために
どうしても行かざるを得なくなって行ったのです。



行く前の自分と、行ってからの自分とでは、
思いに大変な違いが生まれていました。




何事も食わず嫌いでは、
いけないのかもしれませんね。



最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
あなた様には食わず嫌いなことはありませんか。
人気ブログランキングへ







2010.11.19

涼しく過ごしやすかった中国での7日間



<妻と娘の里帰りに一緒したとき>

新潟空港から中国ハルピン空港に飛び立ったのが
8月13日でした。

この数日前、ハルピンは大変な猛暑だと聞いていました。
そこで、服は軽装のもだけを持って旅たったのです。


でも、ハルピン空国に着いたときは
そんなに暑くはありませんでした。

その夜も過ごしやすかったです。

そして次の日、妻の甥の結婚式の日でしたが、
どちらかというと肌寒い感じでした。

猛暑だと聞いてきたので、
この肌寒さには驚きました。


私が過ごした7日間は、過ごしやすい気温だったのです。

少し暑いと思ったのは、帰るときのハルピン空港内でした。



この過ごしやすさになれきった私が、
8月20日新潟空港に降り立っときのむぁっとする暑さにビックリしました。

すごい暑さだと思いました。

空港の駐車場にとめてあった車の中は、
大変な暑さになっていました。


ちょっと話が変わりますが、
空港の駐車料金が24時間で800円でした。
8日間駐車していましたから6,400円でした。

以前に30分200円で、朝8時から夕方5時までで1,000円という
駐車場に二日間止めていたときに9,600円の料金を取られたことがありました。
こうした経験のある私には、8日間で6,400円という空港の駐車料金は
とても助かるものでした。



で、話を戻します。


この暑い中を帰るべく車を走らせました。
エアコンを最大にしても涼しさを感じることができませんでした。


それほど、日本に帰ってきたからの暑さが
身に堪えました。





読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ


タグ:ハルピン
2010.11.17

妻の両親、兄弟には大変お世話になりました



<妻の里帰りに一緒して>

今回、妻のご両親、そして義姉さん家族、二人の義弟家族に
とてもお世話になりました。

義姉さんの旦那さんには、お腹を壊して熱をあげた夜、
病院まで車で送り迎えをしていただきました。

それに、点滴をしている間も一緒にいてくれました。

点滴をしていたときは、
病室に妻と義姉さんの旦那さん、それに従兄弟とその奥さん(女医さん)と
いてくれました。

あのときの情景を思い受けべると、
とても懐かしさがこみ上げて来ます。

点滴を終えて病院からマンションに帰る途中、
体調が良くなっていたので、ドライブしながら方正県の街を
案内していただきました。

夜の街明かりが、とても素敵でした。


下の義弟とは、方正県での最後の夜の食事会で
少しお話をしました。

このとき私と妻は、これまでの6年の間にあった
辛かった出来事を思い起こして涙してしまいました。

この場にいた二十人あまりの方から、
また、いつでも来てくださいといっていただきました。


帰省していた東京に住んでいる弟夫婦にも
何かとお世話になりました。


それから、下の弟の友達には空港への送り迎えをしていただいて、
この方にも大変お世話になりました。


そして、皆さんからたくさんのたくさんのお土産を頂戴して
帰ってきました。



読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ







タグ:点滴
2010.11.15

妻から託された願い事



今回の中国での最終日は、ハルピンで妻とともにホテルに泊まりました。


およそ6年ぶりのハルピンの街の様子は、とても変わっていました。

車がとても多くなっていました。
しかも高級車が目立ったことです。
6年前は、中古車がとても多かったのです。
それも、本当によくこんな車が走っているなと思うような車でした。

方正県を朝6時頃出かけてハルピンの街に入ってから、
すごい渋滞でした。
とにかくすごい交通量でした。

道路も片側4車線から5車線という広さで、その激しい車の往来の道を歩行者が
信号機のないところを横断しているのにはびっくりしました。

私には、とても怖くて横断できそうには思えませんでした。


また、街にはたくさんの高層ビルが建っていました。
建設中の建物もとても多かったです。

経済発展していることが、
見た目にわかる感じでした。


前回の訪問からの6年の間に、
大変な変化が起きていたことを改めて知ることになりました。


ハルピンは、大都会でした。


夜になって妻とホテル近くの食堂で夕食をとりました。
妻と二人になるのは、とても久しぶりのことでした。

それから少し街を歩きました。


ベッドに入ってから、妻が涙を浮かべながら私にいうのです。

「もし、私に何かあったら、娘のことをよろしくお願いします。
私にとって大事な娘だから」と。




翌朝、空港で私の姿が見えなくなるまで
見送ってくれました。


切ない別れでした。





読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ


2010.11.14

中国に帰りたいと泣く妻



今夜は、私が新潟空港に降り立ったときに感じたことを書きます。


まず、『日本に帰ってきた!!』という一種の感激がありました。
それと、強烈な安堵感でした。


中国(私が滞在したのはハルピン市方正県)では、
皆さんから大変温かく迎え入れていただき、本当に嬉しい時間を過ごさせたいただいたのです。

多少不自由だったのは、食事くらいでした。
あとは、本当に楽しことや嬉しことの連続でした。

続きを読む
2010.11.13

食べ物に困りました



中国で合わなかったもの、それは食事でした。


毎晩食事会に招待をされました。

私は、このような食事会に招待をしていただくことに
本当に嬉しく、感謝でした。

20人もが並べるほどの大きな円卓のテーブルに、十数種類の料理が運ばれてきました。
それぞれ大きなお皿いっぱいに盛られた料理。

しかしながら、私にはなじみのないものがほとんどでした。

それでも食べられる料理が、いくつかはありました。


妻には、「何が食べたいですか?」と聞かれるのですが、
私には答えようがありませんでした。

日本でなら、湯豆腐が食べたいとか焼肉が食べたいとかいえるんですけどね。

招待してくださった方には、
本当に申し訳なかったと思います。



実は、今回日本から普段使っているカレーのルーを
もって行きました。

そこで、妻にカレーを作ってほしいとお願いをして作ってもらったのです。
妻は、日本と同じように作ったよといっていました。

さて、これで日本食にありつけると喜んでカレーを口にしました。

ところが、どこかが違うのです。
妻は、日本のルーだよと強調するのですが、違うのです。

残念ながら、食がすすみませんでした。

日本を感じられたのは、もって行ったインスタントの味噌汁でした。
これだけは、おいしいと思いました。


もし、中国で生活をするとなったときに、
真っ先に食べ物で困るのではないだろうか、
私はそう思いました。


私は、新潟空港に帰ってきたときに、
『ああ、日本に帰ってきた!!』と心が震えるくらい安堵感がありました。

そして、真っ先に回転寿司を探して寿司を食べました。
とても嬉しかったです。



中国にまた行きたいと思います。
私は、今回の妻や娘と一緒に中国に行けて
本当によかったと思っています。


私は、中国が好きになりました。

ちょっと違うかも、
中国という国というよりも、そこで暮らしている人々が
好きになったといった方が正しいかもしれません。



読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ













タグ:食事会
2010.11.11

原始森林を登る



中国での8日間のうち、3日目だっただろうか
山登りをしてきました。


妻のお姉さんだったろうか、「明日、川と山とどっちに行きたい?
行きたいほうに連れて行くよ」といわれたので、
私は山に行きたいと答えたのです。

『えっ、山ってあるの?』と思ったのです。

ハルピンから方正県に来る間の高速から見える景色は、
延々と続くトウモロコシ畑で山らしい山は見えなかったから、
意外だったのです。

それで、山のほうを選んだのです。

翌日、山を目指して6人でタクシーを使って出かけました。

向かった山は、原始森林というところでした。
麓にはゲートがありました。

山といっても、山全体が公園になっているという感じでした。

遊歩道が整備されているところでした。


車を降りてから、その遊歩道を歩き始めました。
最初の頃は下りだったので楽でした。

ところが、登りになると結構急勾配だったりして
体がきつくなってきました。


私は、やがて息を切らし始め、足がガクガクしてきました。
妻から背中を押されながら登る始末。

一体どのくらい登るんだろうかと
気持ちがへたってきました。


やがて、上り坂の頂上にたどり着いて
ほっと一息つきました。

ところが、下り始めるときに
狭い岩場の間を通り抜けなければなりませんでした。

私は、太っているので通り抜けられるだろうかと不安になったものです。

幸い通り抜けることができました。

そこを抜けると、かなりきつい勾配の下り坂で
とても怖かったです。


そして、無事下山することができました。


山に登ったのは、本当に久しぶりのことでした。
よく登りきったなあと、達成感が湧いていきました。



まさか中国に来て山登りをするとは
夢にも思っていませんでしたが、大変貴重な経験となりました。



今夜は、この辺で。



読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ






タグ:原始森林
2010.11.10

毎晩招待された食事会



二度目の中国、今回の旅立ちは私と妻と娘の三人でした。


8月13日に新潟空港から中国ハルピン空港まで。
機内では、三人がけのシートに妻を真ん中に座りました。

6年前初めて中国に向かう飛行機に妻を紹介してくれた
妻の友達と二人でした。

そのときは、妻になるかもしれない女性のところへ
向かうものでした。


私は、隣に座る妻と娘を見ながら
6年前のことを思い起こしていました。


約2時間半ほどでハルピン空港に着きました。

空港には、義母と中国にいる妻の弟の友人が
私たちを待っていました。

私は、妻の里、方正県に直行するのかと思っていたのですが
ハルピンの街で用事があるらしく街を走りました。

方正県に着いたのは夕方でした。

そして、夕食は外で義父、義母、姉夫婦、二人の弟夫婦とその子供たち、私たち家族、
それに空港まで迎えに来てくれた弟の友人という内輪の食事会でした。

これから夜の食事会が6日間続いたのです。
食事会といっても20人くらいの親類が集まるのです。
食事会の主催者も、お店もその都度ちがいました。

三日目の夜は、妻と日本にいる弟がみんなを招待する食事会で
このときは50人近いお客様でした。

この食事会で、皆さんの温かい歓迎を受けました。
「あなたは、私たちの家族です」といって迎え入れてくれたのです。



今回、妻の里帰りに同行して感じたことは、
残留孤児を我が子として育ててきた中国の方の懐の深さのようなところでした。
そのことについて、言葉にできるものではないのでうまく説明できません。


今日は、この辺までとします。


読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ





タグ:食事会

賑わう朝市に驚愕



いま午前5時40分

最近、遅い時間に床についても
なぜか翌朝5時前に目が覚めてしまう。

夕べは、10時過ぎの帰りになってしまい、
疲れてすぐに床に入ってしまいました。



さて、中国に行ったときのことをまた少し書いてみようと思います。

今回は、義父や義母、そして日本に住んでいる妻の弟家族に
大変お世話になってきました。

私たちが過ごしたマンションの目の前は、高層のマンションが建設中でした。

朝の5時頃になると、外から仕事が動き出した音が聞こえてきました。
60をとうに超えた義父は、もう仕事に出かけていました。

そして、義母は朝市に出かけていました。

私は、朝市いってどんなものなのか行って見たいと思い、
ある朝、妻に連れられて行ってきました。

朝市が開かれている場所は、お父さんのマンションから
歩いて10分程のところでした。

朝市の賑わいにビックリしました。

人がすれ違うのも大変なほど売り手、
買い求めるお客さんとでごった返していました。

さまざまな果物や野菜、洗面器いっぱいの水の中に黒く小さい固まりがウヨウヨ動いていて
なんだろうと思って近づいて見ると、ドジョウでしょうか川魚でした。
中には、大きな鯉が泳いでいるものもありました。
また、豚肉でしょうか、量り売りもされていました。

それから、豆腐。
この豆腐の大きさが半端じゃないのです。

他には小麦粉を使った焼き物をその場で焼き上げていたり、
油菓子でしょうか、これもその場で揚げて売っているといった具合なのです。

日本でいったら何でしょうね、
祭りのときの軒を連ねる露店といったらいいでしょうか、
とにかくすごい活気でした。

これが、毎朝開かれているのだそうです。

ただ、時間は7時までです。
7時になると、係官(どういう立場の方かはわかりませんが)が終わりを告げていました。


私の町には、5日ごとに開かれる朝市があります。
30年前私が仕事でまわっていた頃、この朝市はとても賑わっていました。

でも、いまはちょっと淋しい感じです。


妻の里の朝市を見て、
かつての我が町の朝市が思い起こされました。


今回は、この辺で。



読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ









タグ:朝市
2010.11.08

妻の親類の温かいもてなしに感激しました



今夜は、やらなければならないことがあるので
簡単に書きます。

今回の7泊8日の中国滞在は、
私にとってとても心が温かくなるものでした。


8月13日、ハルピン市方正県についてその晩から18日の夜まで6日間、
毎晩食事会でした。

二日目の結婚披露宴でお腹を壊したのが日本に帰るまで
治りませんでした。

三日目の晩には、病院のお世話にもなりました。
そして、このとき妻の従兄弟の奥さんが女医さんで大変お世話になりました。
また、義兄(妻の姉のだんな)さんには、病院までの送り迎えをしていただき
これまた大変お世話になりました。

朝の市場にも行って見ました。

山登りもしてきました。


いま思えば、夢のような毎日でした。


時間のあるときに、
少しずつこのときのことを書いていきたいと思います。



今夜は、この辺で。



読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ
2010.11.07

礼服のいらない結婚披露宴でした



新郎・新婦が披露宴会場にくるまでかなりの時間がありました。

その間が、余興で歌のオンパレードでした。

やがて新郎・新婦が入場してきました。


男女の司会者の軽快なトークが始まって、
電飾で飾られた花道をひな壇に向かって進んでいきました。

新郎・新婦がひな壇につくとまもなく両家のご両親が新郎・新婦と並んで、
新郎のお父さん(妻にとって、霧の兄)が挨拶をしました。
挨拶のあと、なにか儀式のようなことがあったみたいなのですが、
私のところからは遠くて見えませんでした。


それから程なくして、披露宴は終わりました。



日本の披露宴とは、かなり違ったものでした。
まず驚いたのは、服装が普段着だったことです。
日本のように礼服を着ている人は、一人もいなかったのです。
女性にしても、特に着飾っているというふうには見えませんでした。

披露宴に行く前に妻に何を着て行ったらいいのか聞いたら、
「何でもいいよ」というのです。
甚平(持って行ったのです)でもいいのかといったら、
「いいんじゃない」というのです。

でも、さすがに甚平はやめて
夏場の軽い服装にしましたが、会場に行ってみて
なるほど、何でもよかったんだなと納得しました。

食べたひまわりの種の殻は、床に捨てていました。
だから、床は殻でいっぱいでした。

料理は、以前にも書いたことがあったと思うのですが、
私たちが普段目にする中華料理ではありませんでした。

12品目あまりの料理がありましたが、
私には、ちょっと食べられませんでした。

私は、お腹を壊してしまい、披露宴が終わってから
会場のトイレに駆け込んでしまいました。
こり以降日本に帰るまでお腹を壊していました。


披露宴で、私は義父の兄弟や甥、姪と一緒させていただきました。
皆さんは、私にとても優しくしてくれました。
「これおいしいよ」といって、私の皿に盛り付けてくれたりしました。
また、「あなたは私たちの家族だから、遠慮することはないんだよ」
ともいってくれました。

私にとっては、とても居心地がよかった披露宴でした。




読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ









タグ:披露宴
2010.11.06

妻の甥の結婚式




妻は、親類の方々に私を紹介してまわりました。

私には、初めてお目にかかる方ばかりでした。

テーブルには、ひまわりの種とタバコがおいてありました。

お客さんは、ひまわりの種を食べていましたね。


新郎・新婦はまだ現れていませんでした。

しかし、日本と違ってすでに余興が始まっていました。

歌う人が次から次と出てきて、ひっきりなしでした。



そのうちに会場の若いスタッフが、四角いものをたくさん運んできました。
そして、その箱をひな壇のほうから、入り口にかけて敷いてきました。

その四角いものをみると、中に色とりどりの電球が入っていました。
それは、新郎・新婦がひな壇に行くためにしかれた花道だったのです。


やがて料理が次から次と運び込まれました。
一品ひと皿で、12皿くらいあったでしょうか。
12種類の料理が並びました。


今夜もこんへんまでとします。





読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ



2010.11.05

初めて見る中国の結婚披露宴



方正県の街の中は、ホンダをはじめとする高級車が走っているかと思えば
ちょうどパソコンで使うマウスの形をした小型の三輪車がタクシーとして
たくさん走っていました。

また、かつてのオート三輪車や、バイクにリヤカーをつないで走っていたり
オートバイの二人乗りはざらで、中には三人乗って走っているオートバイもいました。

なんというか、懐かしい乗り物が往来を走っているのが、
私にはとても心地よかったです。



妻の甥の結婚式、すごかったですよ。

甥は5階建てのマンションに両親と一緒に暮らしています。
私は、娘と彼らの部屋にお邪魔をしました。

部屋には先に来ていた妻をはじめ大勢の人がいて、
なにやら忙しく動いていました。

外では、大勢の親戚が集まって新郎・新婦の到着を待っていました。

路地には花火と爆竹が用意されていました。


やがて、新郎・新婦を乗せた黒の高級車の一群がやってきました。
車の台数が半端じゃないのです。
高級車が、ずら〜っと並んでやってきたのです。

マンションの入り口あたりまで来ると、
爆竹と花火に火が入れられて、
耳をつんざくようなババ、ババ、ババっと激しい音がなったり
ビューン、ビューンと花火が上がったり、それはそれはにぎやかでした。


新郎・新婦は、新郎の住まいへ上がっていきました。



披露宴の様子は、明日とします。




読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ









タグ:三輪車
2010.11.04

この夏、訪れた中国で



私は、いま一人であることは昨日書きました。

実は、今回妻と娘が中国に帰るとときに
一緒に私も中国に行ってきたのです。


8月13日から8月20日までの7泊8日でした。

今回私まで行くことになったのは、妻のお姉さんの息子
つまり妻の甥が結婚することになり、その結婚式に是非出てほしいということからでした。

妻と初めて会うために訪れた7年前は、ハルピンだけの滞在でした。

今回初めて妻の里、方正県に行ってきました。
ハルピンから高速に乗って車でおよそ2時間程のところでした。

高速に乗ってから、延々と続くトウモロコシ畑。
山らしい山は見当たらず、せいぜい小高い丘といった具合の大地が限りなく続いている
といった感じでした。

ときおり民家が寄り集まった集落が点在していました。


方正県の市街地に入ってびっくりしました。
20階以上はあろうかと思われる高層マンションがたくさん建っていましたし、
建設中のところもたくさんありました。

私の中のイメージをはるかに越える
町の規模の大きさに驚きました。

地下街があったことも驚きでした。
たくさんのお店がありました。


驚きとともに、とても不思議な感じのする街でもありました。

近未来的なところと、数十年前の懐かしい風景とが混在していて
過去と未来を同時に生きている、そんな不思議な感覚でした。


カメラを持って行ったのですが、
なんと調子が悪くて撮れませんでした。

写真に収めて紹介したかったのですが、残念。



今日は、この辺までとします。
これから少しずつ書いていきたいと思います。


私は、『また行きたい』と思える街でした。
また出会った人たちの温かさに、感動と感謝しっぱなしでした。



読んでいただいて、ありがとうございます。
ポッチといていただけると、励みになります。
にほんブログ村 恋愛ブログ 国際結婚へ


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。